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大阪高等裁判所 昭和60年(う)211号 判決 1985年9月18日

本籍

大阪市平野区背戸口二丁目九番地

住居

同市同区背戸口二丁目九番八号

簡易旅館業及び不動産賃貸業

山田和子

昭和七年二月二二日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和六〇年一月一一日大阪地方裁判所が言渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 沖本亥三男 出席

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人阪本政敬、同細川俊彦連名作成の控訴趣意書(ただし全体として量刑不当の趣旨である旨陳述した)記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は要するに量刑不当を主張するので、所論にかんがみ記録を調査し、当審における被告人質問の結果を参酌して検討するのに、本件は、簡易旅館業及び不動産賃貸業を営む被告人が、自己の所得税を免れようと企て、昭和五六年分につき七一九〇万七〇二円の所得がありこれに対する税額が三九二七万七四〇〇円であるのに宿泊料、家賃等の収入の一部を除外するなどして課税所得はなく還付を受ける源泉所得税額が三九万四八〇円ある旨、また昭和五七年分につき六三〇四万一二四二円及び課税土地譲渡利益金六五万六四五五円の所得がありこれに対する税額が三三四八万四〇〇円であるのに後者の全部及び前者の一部を秘匿して所得金額が二五三万一六一九円で税額が一万五八〇〇円である旨各虚偽の所得税確定申告書を提出し、二期分の所得税の合計七三一三万二四〇〇円を免れたという事案であって、かかる本件脱税の方法、態様、脱税額、脱税率等の情状にてらすと、被告人の刑責は軽視しがたい。

そして所論指摘の諸点ことに被告人が十分反省して本税、重加算税、延滞税等一億八千万円余を支払ってすでに相当な経済的制裁をうけていることを考慮にいれても原判決の量刑(懲役一年執行猶予三年間、罰金一六〇〇万円)が重きにすぎ不当であるとは認められない。

なお所論中には被告人が脱税するに至った事情についてるる主張するところがあるが、右主張にそう被告人の原審及び当審公判廷における供述は被告人及び森川雅博の大蔵事務官に対する各質問てん末書、被告人の検察官に対する供述調書等本件各証拠にてらし必ずしも信用しがたいばかりでなく、たとえ森川税理士の事務処理や指導に不適切な点があり、また脱税したとされる点について一部所論のような事情があったとしても、原判決の右量刑をさらに軽減しなければならないものとは考えられない。論旨は理由がない。

よって刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松井薫 裁判官 村上保之助 裁判官 木谷明)

大高昭和六〇年(う)第二一一号

所得税法違反被告事件

○ 控訴趣意書

被告人 山田和子

右被告事件について弁護人は、次の通り控訴理由を提出する。

昭和六〇年三月二五日

被告人弁護人

弁護士 阪本政敬

右同

弁護士 細川俊彦

大阪高等裁判所 第二刑事部 御中

原判決には、量刑不当の違法があるので、原判決は取消されるべきである。

原審で、被告人の弁護人となった弁護士細川俊彦は、被告人に有利な情状としておおむね左記内容を弁論のしたが、原審裁判所の理解は必ずしも十分でなく、そのために被告人に対し厳しい判決がなされたものと思われる。そこで、当審における弁護人は、当裁判所の理解を得るために、重複を厭わず、また、原審での弁論を敷延して、情状論について述べることにする。

一、ホテル・サンプラザに関する脱税関係について。

被告人は、昭和五四年一二月にサンプラザA館を、同五五年七月にB館を建築して開店した。被告人は、ホテルキングについては、古くから自己の個人営業として経営してきたことから、被告人の個人営業として存続することを考えていたが、サンプラザについては、新しく開店したことから、ジュノン産業株式会社(以下、「ジュノン産業」という。)の事業として経営することを考えた。なお、昭和五三年一一月に発足したホテル愛和については、ジュノン産業が経営主体となっている。

しかるに、ジュノン産業は、一億五、〇〇〇円ほどの累積赤字を出している法人であるために、金融機関の信用が薄く、同社が金融機関から宿泊施設の建築資金を借入することは不可能であった。そこで被告人は自らが債務者となってサンプラザの建築資金等を借入れすることとした。この事実にひきずられ、サンプラザの事業は被告人の個人事業として発足することとなった。

だが、サンプラザをジュノン産業の事業にしようとする被告人の意思は変わらず、被告人はかねて森川雅博税理士にサンプラザの事業主を被告人個人からジュノン産業へ変更するよう、営業譲渡の手続きを依頼してきた。ところが、森川税理士の繁忙のためであろうか、森川税理士が、被告人の右依頼に手をつけないうちに国税当局による本件脱税の摘発となったのである。もし森川税理士が被告人の依頼を受けて速やかに営業譲渡の法的手続を完了してくれたならば、被告人は、サンプラザの営業に関して、少なくとも昭和五七年分の所得について脱税の責任を問われることはなかったのである。付言すれば、ジュノン産業についても、ぼう大な累積赤字を抱えていることから、脱税の責任を問われることはなかったと考えられる。

税務事務の専門家である森川税理士の不適切な事務処理ゆえに被告人はサンプラザの営業に関して脱税の責任を問われることになったが、その責任を全て被告人に負わせることは酷というべきであろう。

二、テレビ使用料の売上げ除外について

被告人は、サンプラザ、ホテルキングのために漸次、テレビを購入し、使用台数を増やしていった。テレビ購入費用を捻出するために被告人がテレビ使用料収入の計上を怠ったことは否定できない。だが、被告人が宿泊所据付けのテレビについて減価償却費を計上しなかったことと照らし合わせると、テレビの使用に関する限り、売上げ除外金額即所得金額ということはできない。

三、自動販売機による売上げ金額の除外について

被告人は、飲食品の自動販売機を食品会社からリースしていたが、被告人としてはジュノン産業株式会社が右食品会社との間で自動販売機のリース契約をしていたとの認識していた。被告人は、日々の経営に忙殺されて、食品会社との間のリース契約の当事者が誰になっているかについて注意を払わなかった。もし自動販売機のリース契約の当事者が被告人個人でなくして、被告人が認識していたようにジュノン産業であれば、自動販売機による売上げの除外について被告人が脱税の責任を負わされなかったのである。

四、定期預金からの利子所得の不申告

被告人の子供である山田英夫、山田美和子、山田智子等三名の名義の定期預金は被告人の定期預金としてみなされ、これらの定期預金の利子所得について申告しなかったことで、被告人は問責されている。しかし被告人の子供ら三名は、いずれも給与所得ないし不動産所得を有し、その収入についても例年、確定申告をしている。それであるから、被告人の子供ら三名が定期預金をすることは、何ら不自然なことでない。被告人の子供らの名義の定期預金を被告人の定期預金と軽々に判断することは誤りである。

なお、被告人は、被告人名義の預金から生ずる利子所得を申告しなかったが、それは被告人が税務知識を欠如していたためである。すなわち被告人は、利子所得に対する課税は、分離課税で、しかも金融機関から利子を受け取る時点で源泉徴収されるが、それで全てであると誤って理解していた。このような被告人の弁解は、あながち不自然なものとはいえまい。

五、経費の水増しについて

1、架空給与、架空人件費について

国税当局の調査では、被告人は、退職した従業員名ないし架空人名を用いて、これらの者に対して現実に給与を支払ったように仮装して給与の支払いを水増ししているとのことである。なるほど被告人が現実に稼働している従業員の本名以外の氏名を用いてこの者に対して給与を支出した形態をとったことは事実であるが、それは次の理由によるものである。

<1> 失業保険給付を受けながら稼働している者が本名を表わして稼働すれば失業保険の不正受給の事実が外部に露見するおそれがあるのでこれを避けるために架空人名で稼働している形態をとった(例、本名は下村富子という者は、公けには上山富子との架空名義名で稼働していた。)

<2> 従業員の給与額が高いときそれにつれて源泉徴収税額が高くなるが、高額の源泉徴収税を回避するために給与額を二分することがある。この場合には、二分された給与の片方の取得者を本名とし、他方の取得者を架空人名とした(例、山本和子の月額給与は金一五万円であるが、山本和子八万円、山下ルミ子七万円というように、山本和子一人の給与を二人の者が取得したようにした。)。

<3> 被告人が各営業所を見廻るとき、被告人は、従業員の士気を鼓舞するために一人一回あたり金二、〇〇〇円ないし金一万円の、月額総計にして約金二五万円ないし三〇万円ほどの現金を祝儀袋に入れて三八名の従業員に手渡していた。このような支出も本来は給与の一部であるので支払い給与費として計上するべきものであろうが、被告人はその鷹揚な性格(他面、杜撰ということにもなろうが)からしてこのような方法をとらず、祝儀費を捻出するために架空人名義を用いて支払い給与として計上したものである。このような祝儀の形による給与の支払い方法は、従業員からみれば所得税を源泉徴収されなかったために歓迎された。

<4> 被告人は、給与支給額とは別に、為安光、新垣眞次郎に対して、子供の扶養手当として、一ケ月当たり金二万五、〇〇〇円を支給していた。その余の従業員に対しても、子供の養育のためにと毎月、一定金額を支給してきた。これらは本来ならば全て給与額として計上すべきものであるが、被告人はそれをしなかった。そこでこの実質的な扶養手当てを捻出するために架空人に対して給与を支給したように帳簿上、処理した。

<5> 被告人は、従業員に対して額面通りの給与を支給してきた。例えば、山本和子の月額給与は金一五万円であるが、それは同時に同女の手取り金額であったので、山本和子の支払うべき所得税や各種保険料は被告人が負担してきた。本来ならば、山本和子に対する給与支給額は金一六ないし一七万円ほどになり、その額をもって支払い給与額として経費に計上すべきであったのであるが、被告人はその方法をとらなかったのである。

被告人が各従業員の給与を正確に算出し、これを基礎にして正確に所得税等を源泉徴収しなかったことで被告人が非難されるのはやむを得ないことであるが、架空給与、架空人件費の計上という方法によって被告人の経費の水増しを図ったが、その全てが実態のともなわないということはできず、その中には実質的な給与、人件費を占めることを考慮しなければならない。

2、減価償却費

被告人は、株式会社南総建設発行の昭和五六年八月一〇日付けの金一、一〇〇万円の領収証、同社発行の同年一二月一日付けの金一、〇〇〇万円の領収証の存在をもって、昭和五六年の建築費用として計上している。なるほど被告人は、キングの改装費として昭和五六年に金一、一〇〇万円、及び一、〇〇〇万円を南総建に対して現実に支払ったことはなく、したがって右経費は架空経費の計上に該当すると非難されるのはやむをえまい。だが、被告人は、申立人は約二五年前に建築した美和ハウスが老朽化したためにこれまで何度も被告人個人の出捐でこれを改造し、またホテル愛和についても被告人個人の出捐で新築し合計一億四、〇〇〇万円ほどを支出した。しかるに被告人は右の費用を支出したものの、これまで被告人個人としても、ホテル愛和の経営主体であるジュノン産業のいずれも一切、減価償却してこなかった。そこで昭和五六年以前において、被告人が南総建に対して合計金二、六〇〇万円ほどの工事費用を支払ってきたことから、その金額に見合うような金額の領収証の発行をうけて昭和五六年分の経費に計上したというのが真相である。これまで被告人が本来ならば減価償却できるものを誤ってせず、したがってその分だけ多額の税金を支払ってきたということを有利に考慮すべきである。

3、サンプラザのエレベーター設備費の計上について

被告人は、サンプラザ以外の宿泊施設のエレベーターについて、建物とは別に、エレベーター製造会社から購入していた。そこで被告人は、サンプラザについてもエレベーター設備費は建物建築費に含まれないと理解して、サンプラザのエレベーター設備費を計上したのであって、経費の水増しを図るために意識的にしたことではない。サンプラザについては、エレベーター設備費は建物建築費に含まれるのであるから、エレベーター設備費としての独立の支払いがなされることはなく、したがってエレベーター設備費の領収証もあるわけがない。しかるに森川税理士は、サンプラザ建築工事見積書と、被告人が工事人から受領した領収証とを照合しないで、専ら見積書のみによって経費を算出したために、エレベーター設備費が計上されることとなったと思われる。

4、サンプラザの冷暖房設備費の過大計上について

サンプラザの冷暖房機は、当初の計画では二四台設置する予定であった。ところが被告人の資金不足のために一二台購入するにとどまった。したがって被告人は、冷暖房機二四台の購入を裏付けする領収証を有しないのであるが、森川税理士は、専ら見積書をもとにして冷暖房機の購入台数を判断し、それに応じた減価償却をしたために、冷暖房設備の過大計上となったものである。森川税理士の税務事務の粗雑さを指摘せざるをえないのである。

六、国税当局が経費として認めるべきにもかかわらず否認したものについて

1、サンプラザA館を建てたときの立退料

被告人が昭和五六年にサンプラザA館を建築する以前には、同一敷地内には三和荘及び光荘があり、四七室について宿泊者がいた。被告人は新しく宿泊施設を建てるために合計約金三〇〇万円を立退料として支払った。その内訳は、当初、四七室について各室金五ないし六万円を提供したところ、一三室の宿泊者については立退を拒絶したので一室について加算して支出したというものである。ところが国税当局は、四七室分について金五万円の経費しか認めなかった。だが、四七室の宿泊者が金員が、僅か金五万円の立退料で退去してくれることは社会通念上ありえない。右約金三〇〇万円金額について立退料としての経費を認めなかった国税当局の判断は誤りというべきである。したがって、被告人の昭和五六年の収入から経費として右金三〇〇万円は控除されるべきである。

2、サンプラザの布団の償却費

サンプラザの客室数は二五〇室であるので予備を含め、三〇〇組の布団が備付けられている一組の布団は、掛布団二枚、敷布団二枚の合計四枚からなる。結局、サンプラザには、合計一、二〇〇枚ほどの布団が備付けられることになる。右一、二〇〇枚の償却費は、一年あたり約六〇〇万円であるところ、被告人は、有償却費については経費として計上していない。被告人の昭和五六年、同五七年の収入から、右償却費を控除すべきである。

七、税理士の税務指導の拙劣さ

被告人がいささかなりとも脱税の犯意を有するときに、自ら依頼した税理士の指導、助言が適切でなかったために、脱税の罪を犯したと主張することは、弁護人としてはいささかためらうところである。だが、森川税理士としては、被告人から月々金一二万円の報酬をうけていることからすると、森川税理士は専門家として被告人に対して適切な税務指導をし、もって被告人が巨額の脱税に至ることを未然に防止できたのではないかと思われる。弁護人としては森川税理士の指導の不十分さを誠に残念に思うものである。

森川税理士は、被告人側から提出された原資料に基づいて機械的に税務申告をしただけであって、被告人の脱税の認識していなかった旨述べている。だが、森川税理士が被告人の平常の経済活動の規模を垣間みている以上は、自らの作成した確定申告書の記載内容が被告人の事業の実態と乖離していることを看破できない筈はなかろう。弁護人としては、森川税理士が専門家として被告人に対し、適切な税務指導をしていれば、被告人が巨額の脱税をすることを未然に防止しえたと思うのである。弁護人としては、ためらいつつも、森川税理士の税務指導の不適切さが被告人の犯行の一因となっていることを指摘せざるをえないのである。

八、結論

1、被告人は、大方の脱税事件の被告人がそうであるように、ほ脱税額についてははっきり認識していない。だが被告人は、第一審において仔細はともかくとして、大概、犯罪事実については認め、潔く刑事制裁に服する姿勢を示している。

2、これまでに被告人は交通事故で罰金刑に処せられたことが二度ほどあるにすぎず、日常、実業家として経済活動に携わってきたよき市民であり、家庭にあっては、夫の協力が得られない境遇にあったにもかかわらず子女三人を養育してきたよき母であった。

一〇年ほど前に他人の経営する大阪市西成区内の簡易宿泊所が火災で焼けて労務者が焼死した折りには、管轄の消防署に対し、金一〇〇万円の寄付をし、ここ二年間の年末時には帰省できない日雇労務者の福祉を考えて餅配りしてきたこと、そして今回も贖罪の気持から大阪府に対して社会福祉事業用に金一〇〇万円の寄付をしたことからも裏付けられるように、被告人は元来、社会に対する深い関心を有し、また応分の貢献をしてきた事実が認められる。

3、以上、述べたように、弁護人は、被告人が脱税の犯意を有していなかったとは毫末も主張するものではないが、被告人が税務知識を欠如していたために、場当り的に経費を計上するなどの方法をとり、その結果として、脱税金額を大きくさせたことを指摘するものである。顧問税理士に対し定期的に報酬を支払いながらも税理士から適切なサービスを得られなかったのは経営者としての被告人の無策というべきであろうが、被告人に刑事的非難を全て負担させるのは穏当ではあるまい。

4、被告人は自己の事業を法人化し、新たに税理士室谷忠信、水口由光二名を顧問に依頼して、再び同種の事犯を犯すことのないように体制を整備した。

5、被告人は、今回、脱税が摘発された結果、二年間分のほ脱税額に対して、本税九、七八六万一、九〇〇円、事業税七四一万〇、八五〇円、府・市民税二、八一七万五、八七〇円、重加算税二、六四五万一、二〇〇円、延滞税一、四六五万七、四〇〇円など合計金一億七、四八二万九、九〇〇円を課せられた。右税金の支払いのために、被告人は美和ハウスを売却して得た収入である金一億一、五〇〇万円及び合計三三口の定期預金を解約して取得した、金一億六、四六八万一、六六三円を充てている。被告人は本件を摘発されたことにより、既に十分、経済的制裁を受けているというべきである。

これらの諸情状を斟酌すると、懲役一年、罰金一、六〇〇万円、懲役刑については三年間刑の執行を猶予するとの原審の判決は、重きに失しているといわざるを得ない。弁護人としては貴裁判所に寛大かつ適正な量刑を強く望むものである。

以上

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